メイドミーク|補正下着のセミオーダーOEM・ODM|東京都中央区

セミオーダー補正下着のOEM/1色50枚〜小ロットOK!

ひと目で分かる!!
女性用ランジェリーの歴史

1880年〜

バッスルスタイル1
日本で洋装用の下着は着用され始めたのは1880年代(明治10年頃)。上流階級の社交場《鹿鳴館》の時代からです。上流階級の女性たちは鹿鳴館スタイルと呼ばれる“バッスルスタイル”のドレスやスカートを膨らませる目的のクリノリン(針金製のフープ)をつけた洋装の下にシュミーズ・コルセット・ズロースなどを着用していました。ただし、これらの下着も限られた人にしか愛用されず、現代のように一般化するには至りませんでした。

 

〜1945年

女給1
大正時代はモダンな洋装で働くバスガールやカフェの女給が誕生するなど、女性の職場進出が目立つようになり洋装化が進みました。しかし、洋装下着の浸透は中々進まない時期が続きました。昭和に入りようやくズロースから普及していきましたが、そんな時、昭和7年に白木屋事件が発生。火災の際、下着を着用していなかった女性店員が裾の乱れを気にして転落する事故が発生。この思いがけない事件により下着意識が芽生え、全国に広まりました。

1945年〜

ニュールック
ズロースやスリップの原型と言われるシュミーズが戦前の比較的早い時期から存在していたのに対し、女性の体型を整え洋服を美しく着るためのファンデーション類は戦後(1945〜)になってようやく普及しました。それがブラジャーの始まりです。1947年にクリスチャンディオールが“ニュールック”を発表。贅沢で優雅なそのスタイルは翌年日本でも紹介。このような流行を身につけるには立体的なボディラインが求められ、それとともにブラジャーやコルセットが普及していきました。

1950年〜

チューリップスタイル
第1次下着ブームが到来。1953年には伊東絹子さんがミスユニバース世界第3位に入賞し、プロポーションへの注目が集まります。それに伴い美しいプロポーションをつくるファンデーションが脚光を浴びます。同年、ウエストの絞り込みがポイントの“チューリップライン”が発表され、その流行からウエストニッパーが新しい洋装下着として注目されるやいなや大ヒットを飛ばし、第1次下着ブームの火付け役となります。このとき、ズロースに変わってショーツも発表され、売り場などの拡張もありようやく下着が市民権を獲得しました。

1970年〜

シームレス
1970年代に入ると日本でも“ボディファッション”という言葉が使われ始めます。この頃からヌードカラーやスキントーンの新しい色としてベージュが台頭。1973年には、「下着は白」という常識を破ってベージュが下着のベースカラーとして主流になりました。当時のファッションの影響を受けて、アウターに響きにくいシームレスブラが登場し、爆発的な人気を呼び、このアイテムは今でも高い人気を誇ります。

1990年〜

コルセット
1990年代には“からだをよりキレイに見せたい”という願望が一般の女性に高まります。そして1992年に「寄せて上げる」というコンセプトのブラジャーが登場し、一大ブームになります。バストを大きく見せる【バストコンシャスな時代】の幕開けです。その後美しいからだを作るためのエステやダイエットは、ブームというよりもライフスタイルの一部となり、からだにメリハリをつけて理想の美しさへ向けてボディラインを造形する時代が21世紀に入ってまでも続きます。

2010年〜

補正下着
2010年以降はボディファッションの転換期。「癒し」「心地よさ」「快適さ」が以前よりも求められ、ハイテクノロジーを駆使した機能性肌着が大ヒット。健康や美をテーマに脂肪燃焼効果や骨格補正などの発想商品が次々と発売されました。また、40代以降の女性が注目され“美しく年を重ねる”アンチエイジングブームが起こります。加齢による体型変化を考慮した下着が次々開発され従来若い女性を中心にしたボディファッションの進化がエイジの高い女性向け商品にも広がっています。
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